「ぼくがぼくであること」(山中恒)

児童文学はこの作品から大きな進化を遂げた

「ぼくがぼくであること」(山中恒)
 角川文庫

五人兄弟の四番目・秀一は
兄弟の中で唯一勉強が苦手。
いつも母親から説教されている。
ある日、売り言葉に買い言葉で、
秀一はついに家出を決行する。
近くに泊まっていた
トラックの荷台に潜り込み、
彼は知らない町へと運ばれる…。

私が初めてこの本を読んだのは
小学校5年生のときでした。
大人になってから
文庫本を買いましたが、読み返しても
いまだになお面白いのです。
半世紀前の作品が、
全く古さを感じさせません。
秀一が潜り込んだトラックが人をはね、
彼がそれを目撃してしまうところから、
面白さが盛りだくさんに
詰め込まれています。

家出した秀一を受け入れた家には、
おじいさんと暮らす
女の子・夏代がいました。
ここはボーイ・ミーツ・ガールです。
おじいさんの仕事を手伝う中で秀一は、
日に日にたくましくなっていきます。
少年成長物語です。
ひき逃げ犯・正直は
執拗に秀一を追うものの、
秀一は機転を利かせて
自宅へ無事戻ります。
冒険活劇です。
夏代から届いた手紙には、正直が
夏代の母親の居場所を知っていて、
それが秀一の近所だったことから、
秀一はその真偽を
確かめに乗り込みます。
探偵物語です。
さらにはおじいさんの山に隠されている
信玄の宝物の謎を調べようとします。
宝探しです。
そしてついには母親と大衝突、
他の兄弟や父親も巻き込み、
一家崩壊の危機を迎えます。
ホームドラマです。
最後には秀一は正直と直接対決、
力では勝てなかったものの、
正直は逮捕され大団円。
夏代を守り切ります。
白馬の騎士、王子様です。

それだけのエンターテインメントを
盛り込みながら、なおかつこの作品は
「子どもを束縛しない育て方が
大切である」という重要なメッセージを
内包しているのです。
これまでの児童文学には、
子どもに何を教えるか、
どう導くかといった教条主義が
根強く染みついていました。
以前取り上げた日本児童文学名作集には
それが色濃く表れています。
しかし本作は、そうした大人の考える
「正しい子どもの姿」ではなく、
「自らの意志で行動する子ども像」が
打ち立てられた
最初の作品だと思うのです。
日本児童文学はこの作品から
大きな進化を遂げたのではないかと
思うのです。

著者・山中恒は、
戦争の時代に少年期を過ごしています。
著書「靖国神社問答」(小学館文庫)や
「暮らしの中の太平洋戦争」(岩波新書)に
そうした時代の様子が
詳細に描かれています。
想像するに本作は、
戦後少しも子どもがのびのびと
育てられていないことに
危惧を感じた山中が、
社会への強いメッセージとして
発信したように思えてなりません。
中学校1年生に薦めるとともに、
大人のあなたに
ぜひ再び読んで欲しい一冊です。

(2020.3.15)

Terri SharpによるPixabayからの画像

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